日本財団 図書館


 

過ごしたり、自宅へ外泊する気持ちにもなった。また、その間同室者の症状が悪化するのをみて、「わたしも階段を落ちるような経過をたどるのね」と口にしたが、落ち着いて現実を見つめていた。その後、同室で過ごした患者が死亡し、院内でお別れの式が開かれた。看護婦がこのことを伝えると最初は戸惑った様子であったが式に参列し、「よい表情でよかった。すごく暖かい式ね」と笑顔を見せた。
こうした経験をする中で「死よりも、死ぬまでが怖い」というやりきれない思いを少しずつ語れるようになった。Sさんの症状が悪化するに伴い、医療者は患者の不安な気持ちを受け止め家族と相談し、家に戻るのではなく院内で家族との大切な時間を共有できるようにアプローチした。ホスピスという環境を生かし、家族にできる限りの面会や家族室の利用を勧めた。それにより、Sさんの表情も和らぎコミュニケーションがさらに円滑に図れるようになった。その後Sさんは、徐々に症状悪化し約2週間後、歩行困難となり、自ら個室移動を希望し、家族らに見守られながら永眠された。
Sさんは、不安な気持ちを家族にもうまく伝えられなかった。また、家族も不安なSさんを気づかうあまり、どう接してよいのかわからなかった。今回、私たちは、入院後両者の気持ちを十分傾聴し、必要な事柄をそれぞれにフィードバックし、患者、家族がよいコミュニケーションをとり、ともに歩んでいけるように支え、見守る姿勢をとった。
症例を通して学んだこと
1.患者の不安に対しては傾聴し、「不安を持つ患者」そのものを実在として受容する(unconditional active liteng)。
2.死に対する恐怖心は、命あるものの日常的な不安の一つで、さまざまな人との出会いにより事実を共有し不安を昇華することで、“この時”を生きる力を取り戻すことが可能であり、ホスピスはそのきっかけとなりうる。
3.患者ばかりでなく、家族など患者と関わる人の心理的な不安や、患者に対する実際的なケアの方法などについても考慮することが必要である。
4.指示的になることなく、患者や家族の自然な生きざまを尊重し柔軟に対処することが重要である。

 

 

 

前ページ   目次へ   次ページ

 






日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION